その頃・・・志貴と士郎は猛烈な速度で上へ上へ突き進みやがて屋上に到着するとそこには形容しがたいものがあった。

「何だこりゃ・・・」

一言で言えば異世界の空間の入り口と言うか窓と言うべきものか・・・

「こいつが噂を纏う前のタタリか・・・」

試しに魔眼の力を解放して見てみる。

「どうだ?」

士郎の問い掛けに苦い表情で首を横に振る。

「駄目だ・・・線も点も見えない。シオンの言うとおり噂を纏わない限りタタリには傷を付けられないと言う事か」

と、その時突如それは鳴動を始める。

「!!志貴」

「判っている」

二人とも距離をとり『七つ夜』と虎徹を構える。

『・・・キ・・・キキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!!マタアッタ!!!マタアッタ!!!』

その空間から気の触れたかのような狂笑が聞こえる。

「タタリ・・・」

「キキ・・・キャハハハハハハハハハハハハハハ!!!コンドコソコロス!!!コロス!!コロす!!コろす!!!ころす!!!今度こそ殺すわよ!!!この姿で!!」

そういって空間が凝縮し形を成していく。

その姿は・・・

「ちっ・・・」

「やはりか・・・」

志貴も士郎も苦い表情と口調で吐き捨てる。

そこにいたのは大方の予想通り真祖の姫君アルクェイド・ブリュンスタッドだった。

「あら志貴?随分な言い方じゃないの?妻である私に対して」

「うるせえ偽者。これでもあいつをそれなりに知ったつもりだ。姿だけ真似た野郎がその姿と声を騙るな」

「そうだな。アルクェイドさんはそんな嫌味たらしい笑みは浮かべないな・・・偽者も良い所だよな」

士郎も改めて虎徹を構えなおす。

「あはははははは!!!いいわ!!良いわよ志貴!!士郎!!両手両足もぎ取って麻酔無しで、はらわた引き裂いても同じ事言えるかしら!!試してあげる!!!!」

その言葉と同時にアルクェイドに模したタタリは二人目掛けて飛び掛って来た。

蒼の書十『真紅の満月』

二人とも同時に左右に分かれて避ける。

そのわずか一秒後二人が立っていた地点に小規模ながらクレーターが生み出される。

「偽者でも力はそれなりにあるってことか」

「あら?士郎力だけじゃないわよ!」

そう言うとあっと言う間に肉薄し士郎のはらわたを引き裂かんと無造作に腕を突き出す。

だがそれは士郎の虎徹でギリギリ阻まれる。

そこから士郎の行動は素早かった。虎徹を手放し可能な限り離れると

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

詠唱によって虎徹は爆発する。

流石に無傷とはいかない。

両手は軽い火傷で覆われていた。

それも直ぐに回復する。

「ちっ・・・腐っても鯛、偽者でもアルクェイドさんか・・・あの爆発であの程度しかダメージ与えられないか」

「その程度?つまらないわね士郎。じゃあ今度はこっちから行くわよ」

その言葉と同時に突っ込もうとしたがそれは

「行かせるか」

別の声で阻まれた。

その瞬間

閃走・六兎―

上空高く、一気に吹き飛ばされ

―閃鞘・八点衝―

―閃鞘・十星―

―我流・十星改―

―閃鞘・七夜―

―閃鞘・双狼―

―閃鞘・伏竜―

―閃鞘・八穿―

地面に足をつける事無く切り裂かれ刺され貫かれる。

志貴の我流連携技『九竜殺』

普通なら止めとばかりに『死奥義』を叩き込むがこの場合は違った

「・・・殺す」

芯から凍える声で呟くと眼につく線と言う線を通し瞬きほどの間に十七の肉の塊に変えてしまった。

「・・・派手にやったな」

「半端な手段じゃ死なねえからな」

だが、これでもまだ駄目のようだった。

「ははは・・・あははははは・・・あ〜〜〜〜〜〜っははははははははははははははは!!!!!こんなので死ぬ訳無いでしょ!!!」

現象から再度噂を纏ったのかアルクェイドが無傷で立っていた。

「しつこい・・・」

「しぶといな・・・」

辟易しつつも構える。

「さあ!!今度こそ二人仲良くずたずたにしてあげる!!!」

そう叫び再度突っ込んで行った。









その頃・・・セタンタとフェルグスの戦いは一方的なものになっていた。

フェルグスの放つカラドボルグがセタンタの槍の射程外から次々と放たれ切り刻んでいく。

「・・・」

セタンタはその表情を変える事無くただ淡々とその真名の如き猛攻を受け続ける。

無論、致命傷は意識せずとも無意識でかわすが。

そして一方のフェルグスも残滓ゆえか感情を持たされなかったようだ。

無表情に淡々と寸断なき猛攻を繰り出す。

「・・・けっ腹が立つ」

その奇妙な沈黙をセタンタが打ち破った。

「俺の中じゃああんたはこの程度なのかよ?フェルグスの叔父貴」

その声には怒りしかなかった。

無論こんなくだらない人形の様な好敵手を呼び出した『タタリ』に、そしてそれは己にも向けられた。

フェルグスはこの様な男ではなかった。

自分が傷付かない所で一方的に攻撃を仕掛けるような男ではなかった。

その様は威風堂々としており赤枝騎士団の誉れと称えられた誇り高き王だった筈。

あの『牛争い』の時にも敵である筈の自分の窮地を助けた。

だが、それがどうだ。

この様な攻撃しか行わず、おまけにその腕も生半端、いやそれ以下。

本物であれば最初の一撃で致命傷ないし、重傷など軽く負わせることが出来る。

それをしないのか出来ないのかはわからない。

それは己が彼をこの程度としか認識していなかったと言う事なのか?

だが、それは無論間違いでタタリの構成力をアルクェイドに集結している為、こちらの構成力が著しく落ち込んでいるだけに過ぎない。

しかし、そのような事はどうでも良い。

そのようなことでセタンタの怒りが落ち着く筈もないのだから。

セタンタの溜め込んだ失望、憤怒・・・その他諸々の感情は最大限にまで高まり、彼は初めて槍を構える。

見た目は全身傷だらけだがその全ては軽傷、命に別状は無い。

槍を構えたセタンタに再びフェルグスの嵐の如き猛攻が加えられる。

だが、それを更に上回る速度と手数、精度で撃ち落とし、弾き飛ばしさらには本体に攻撃を加える。

無表情のままじりじりと退くフェルグスを更にセタンタは追い詰める。

「・・・手前の心臓・・・」

己が槍を握る手に力が込められる。

「・・・貰い受ける!!」

かつてこの槍は彼から大切なものをうばった。

無二の親友、そして血を分けた息子。

そして時を超え姿だけ模したとは言えかの誇り高き王の心臓すらも彼は奪い去った。

その足元には死骸でなくただのゴミ袋が転がっているだけだった。

それを無言で蹴り飛ばし、未だ健在な残滓に怒りの矛先を向ける。

「てめえら・・・潰す」

そう呟き四肢を低く構える。

それを見た残滓は本能で恐怖を察し一目散に逃げ出そうとするがそれを無論許すセタンタではない。

爆発的なダッシュでアスファルトを削りながら突き進み、跳躍する。

「突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!!」

威力を殺さぬ角度からの最大放出の一撃。

これだけで勝敗は決した。

一帯はさながら戦場の如く焦土と化した。

最もそこに転がっているのは死体でなくゴミ袋や、木屑であったが・・・

本来であればさして力の無い残滓に使う必要も無かったが、煮えたぎる怒りがこれを使わせずにいられなかった。

無言で槍を引き抜くとそのまま『シュライン』を睨みつけ、狂風と化しその姿を消した。









ほぼ同時刻、セタンタを除く『裏七夜』構成員は『シュライン』に到着していた。

秋葉達もつい先刻、先行していたアルクェイド達と合流し突入しようとしたがそれも次々と現れ入り口を守護する残滓に阻まれていた。

無論一騎当千・・・いや一騎当億の猛者ぞろいである彼女達の敵でないがいかんせん数が多すぎた。

十体潰せば二十体出て来る始末で一歩も進めない。

しかも狡猾な事に、それが『シュライン』入り口に固まっている為、うかつな攻撃も出来ない。

下手をすれば『シュライン』が倒壊する。

そうなれば屋上で戦っている志貴に士郎が巻き添え食らう恐れがある。

しかもアルクェイドとアルトルージュが一気に屋上に向かって跳躍しようとするとその無防備な状況から残滓が攻撃を仕掛けようとする。

それを援護しようとしてもその援護部隊に猛攻が加えられる。

それを救援する為にアルクェイドは戻らざるを得なくなる。

そんないたちごっこが続き、動くに動けない状況となっていた。

「悪いな遅くなった」

と、膠着状況の中セタンタが到着した。

「セタンタ無事でした・・・ど、どうしたのですか!!!その傷は!!!!!!」

バゼットが絶句する。

全身傷だらけで蒼き皮鎧が真紅からドス黒く変貌しつつあるその姿では焦るのも当然と言えた。

「心配するなどれもかすり傷だ。それよりもさっさと行け。俺がこいつらの相手してやる。殲滅しなけりゃ気がすまねえ」

その声にはかつて無いほどの怒りと殺意が漲っていた。

セタンタは全員の同意を聞くより先に残滓を薙ぎ払う。

初めて通路が出来た。

「行け」

短いその一言と共に全員が駆け抜けた。

後方では槍が奔り空気を斬る音が鋭く響いていた。

だが鬼と化したセタンタを嘲笑うかのように、何処から出てきたのか次々と残滓が追撃を仕掛けてくる。

「全くしつこい事この上ないわね。アルクェイドさん、アルトルージュさん、シオン!!貴女方は先に行きなさい。私が食い止めますから」

「うん!先に行って志貴君達の応援に行って」

その言葉と同時に秋葉が略奪でさつきは『枯渇庭園』を駆使して残滓を駆逐していく。

「そうですね。癪ですが今回の『タタリ』討伐にはあなた方の力が必要です。私達は私達の役割を果たすとしましょう」

エレイシアの黒鍵が次々と手当たり次第に残滓を薙ぎ払う。

「それなら私も行いましょう。食い止めるのなら数が多い方がいいでしょう」

直ぐにバゼットが秋葉とさつきの前に出て迎撃の構えを取り、『檻髪』や『枯渇庭園』を掻い潜り襲い掛かる残滓を次々と吹き飛ばし、

「行くわよ翡翠ちゃん」

「はい姉さん」

翡翠の烏羽と琥珀の鎌鼬が切り刻む。

「行きましょうアルクェイド、アルトルージュ、全員の意思を無駄にしてはいけません」

「判ったわ」

「ええ皆志貴君は私達でしっかり援護してくるから」

同時にアルクェイドとアルトルージュは階段を飛び上がり、シオンは電源の切れたエレベーターをあっさりと動かし屋上に向かった。









一方入り口に陣取ったセタンタも思わぬ敵を迎えていた。

だが、それはセタンタの怒りをこれ以上無いほど高めるものだった。

「叔父貴・・・フェルディア・・・コンラ」

先程彼が打ち倒したフェルグスに加え彼の無二の親友、そして彼の血を分けた息子・・・

彼らまでその姿を現した。

「・・・」

無言で体勢を低く保つ。

「・・・姿だけの屑にもったいねえが」

体が砕けるかと思わせるほどの力を漲らせる。

「・・・試し切りだ・・・その姿を俺の前に見せた報奨と思え」

その語尾に重なるようにセタンタは天空高く跳躍した。

そして・・・形容しがたい轟音と同時に全ては終わった。

煙が晴れるとその三人がいた地点には大規模なクレーターが形成され、その中心にゲイボルクが突き刺さっていた。

それ以外には何も存在していなかった・・・

「・・・まだ角度が足りねえか・・・」

その光景に何故か不満げな声を発しセタンタは槍を引き抜き、再び隙を見計らい突破しようとしていた残滓を一体残さず吹き飛ばした。









屋上では・・・

「ちっ!!」

「くそっ!!」

「あははははははははははははははは!!!!何処まで逃げられるかしら!!」

アルクェイドの姿を模した『タタリ』の猛攻に志貴と士郎は完全に防戦一方となっていた。

もう何回殺したかわからない。

零距離から『ヴァジュラ』を叩き込み上半身を吹き飛ばした。

一瞬で首を跳ね飛ばした。

それこそ数え上げればきりが無いほどの方法で殺しまくった。

だがそれでも『タタリ』は直ぐに甦る。

しかも『完殺空間』を発動させまいと志貴に意識を集中させる暇を与えようとしない。

いや、それ以前に『完殺空間』は今の『タタリ』には通用しない。

何故なら

「志貴!!『完殺空間』は!」

「無理だ!!封鎖をティッシュペーパーのように打ち破る奴だ!通用しねえよ!!」

このまま事態が推移していけば間違いなく二人は『タタリ』の餌食となる。

「そうなりゃ・・・後は」

もはや『神具』しかない。

だが、『神具』招聘とて意識を集中せねばならない。

「志貴最短で出来る神具招聘と秘技実行時間は?」

「おおよそ『神剣・朱雀』で五秒、煉獄斬で二十五秒」

「およそ三十秒・・・判った・・・俺が死に物狂いで稼ぐ。意地でも成功させろ」

「了解」

同時に二手に分かれる。

「あははは!また同じ手?レパートリーに欠けるわよ!」

そう言って士郎に目もくれず志貴を追う『タタリ』を矢・・・いや、自身の身の丈以上の槍が貫いた。

「!!」

射られた方向を見れば士郎が弓を手に構えている。

つまらなそうに貫いた槍・・・蜻蛉切りを引き抜き握りつぶす。

「士郎そんなに死にたければあんたから殺してあげる!!」

そう言って士郎に標的を変える。

「ちぃ!!・・・(身体は剣で出来ている・・・)」

高速で詠唱を唱える。

「熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!」

だが、目の前に現れたそれを

「あはははははははは!!!何!そのちんけなの!!」

一振りで一つずつ粉砕していく。

だが既に士郎はこれの維持など最初から考えていなかったらしく既に新たな武器を手にしていた。

それは一振りの日本刀。

だが、いつも投影している虎徹では無い。

名刀業物多い日本刀の中で数少ない宝具の一つ。

「封印魔術回路開放(マジックサーキット、ナンバー]]Vホルスターオープン)」

しかも何を思ったのか封印していたホルスターを一つ開放する。

二人が交錯する中士郎は真名を命じる。 

「お上に仇なす破滅の妖刀(村正)!!!」

真名と同時に斬りつける。

それと同時に士郎は壁際まで吹き飛ばされた。

血と刀の残骸を撒き散らして。

見れば右の肩口が見るも無残に抉られ、その傷口からは骨すら露出している。

骨が粉砕されていない分幸運と呼ぶべきだろう

そして、左手は砕けちった刀をしっかり握り締めていた。

だが・・・それだけの重傷を負いながら士郎が『タタリ』に負わせた傷は二の腕に刻まれたかすり傷程度。

「馬鹿にしてるの?士郎・・・こんな程度の武器で私を殺せるとでも思ったの?」

心底呆れ果てたように『タタリ』が士郎を嘲笑う。

そして一気に突進して士郎の頭部を押し潰そうとその魔手を伸ばす。

だが、士郎は怯える事もましてや逃げる事もなく、激痛に堪えながら何故か薄く笑う。

「あら?諦めた?大丈夫よ。直ぐに志貴もそっちに送ってあげるから」

だが、それに対しての士郎の返答は

「いいや、俺は諦めてないぜ。あれに斬られた以上あんたは俺を殺せない」

と同時に異変が起こる。

士郎を押し潰そうとした右手がぼろぼろに砕け風化していく。

いや、右手だけではない。

それは左手も同様・・・斬られた箇所から急速にひび割れ、両腕が崩壊していく。

しかも再生が利かない。

「!!な、何よ!これ!」

さすがの『タタリ』も目の前の異常事態に慌てる。

士郎が使った刀・・・それは、江戸時代から現代においても尚妖刀として名を馳せる日本刀『村正』。

だが、何故村正が妖刀として忌み嫌われたのかそれを知る者は少ない。

その起源は江戸幕府開闢の祖徳川家康にまで遡る。

彼が幼少時近隣の有力大名に人質として差し出されていたのは有名な話だが、彼の父、祖父は家臣の謀反により暗殺された事は印象は薄い。

実はその時用いられた刀は『村正』。

そして彼の長男は当時の同盟者織田信長によって切腹を命じられたがその時介錯に使われたのもやはり『村正』。

止めとばかりに家康本人も『村正』によって負傷している。

家康本人はさしたる怪我ではなかったが、身内や自分自身にここまで悪しき因縁が纏わり憑けば、忌み嫌うのは人として当然の心理と言えた。

それゆえに彼は『村正』の流通を公にも禁じた。

だが、それは『村正』が刀として一級品であり、重宝されていた為であり、村正が名刀であったという証左に他ならない。

彼の祖父、父、更には息子がこの刀で殺められたのも偶然と言えば偶然となる。

しかし、経過はどうであれ結果として『村正』はやがて妖刀としてその名が広く知られるようになる。

だが、村正は刀の名と言うよりも刀匠の銘であるので刀以外にも槍も存在し、その風評にあやかる為か、反徳川の人間からはゲンの良い銘として村正の刀剣類を重宝されるようになった。

それこそ挙げればきりが無いが、最も有名な人物を一人挙げれば大阪の陣にて家康を自害一歩手前まで追い詰め、その家康をして『真田日の本一の兵』と絶賛された戦国時代最高の勇将真田幸村。

そして、これは皮肉な事であるのだが、家康に過ぎたる者とまで称された徳川最強の猛将本多忠勝が持ち、士郎も投影する名槍『蜻蛉切り』もまた村正銘の槍である。

余談を終わらせよう。

そうした歴史を経た為、『村正』自体も周囲の風説、評判により宝具にまで引き上げられた。

いわば『諸葛弩』と同じ境遇の宝具である。

だが、その風説は『諸葛弩』以上、元々名刀であった為切れ味は虎徹をも上回り、日本刀としては最高ランクに組み込まれる。

その能力は破滅の風評を拡大させたもので、斬りつけた相手に必ず傷を負わせ、更にはその相手を必ず破壊させうるもの。

込めた魔力の量によってはヘラクレスの宝具『十二の試練(ゴットハンド)』すら一度で全てを殺し尽くせるほど。

まさしく一撃必殺、真名が発動されれば最後、逃れる術は存在しない究極の対人宝具。

だが、上の仮説が成り立つには士郎の持つ全ての魔力を使い尽くしての話となる。

だが、それを克服しても今度は村正自体が持ち堪えられないと言う問題が立ち塞がる。

結論から言えば『村正』の刀身は持ち堪える事は出来ない。

つまりは机上の空論と言うこと。

現にホルスター一つを空にしてその全ての魔力を込め繰り出した一撃で村正の刀身はいとも容易く粉砕されていた。

そう・・・『村正』が砕けたのは『タタリ』の一撃と言うよりも実は内包された魔力の量に耐え切れなかったのが正しい。

この様な使い方の為、士郎の持つ宝具の中では扱いは極めて難しく、不確定要素が多すぎた為、使い方と相手によっては最凶の切り札にもなり最悪のジョーカーともなるこの刀を士郎は『聖杯戦争』においては使用を事実上封印していた。

斬られてから二十五秒経ち既に『タタリ』の両腕は完全に灰と化し胴体部分にまで崩壊は及んでいた。

「士郎!!どけ!!」

全ての準備が終わった盟友の声に従い右方向に避ける士郎。

同時に神剣より発せられた炎が渦を巻いて『タタリ』を飲み込む。

煉獄斬

その炎、一撃の威力どれもかつて放ったそれとは桁違い、本気の煉獄斬。

一撃で『タタリ』は灰すら残す事無く消滅した。

勢い余って『タタリ』の立っていた床すら溶解・・・いや、蒸発したほどだ。

「ふう・・・」

一息つく。

未だに『神剣・朱雀』は具現化させたままだ。

「また甦るか?」

「だろうな・・・」

と、その瞬間現象を纏う前のあの空間が突如として現れる。

「!!」

「・・・キ、キキキキキキキキ・・・コノスガタデハブガワルイ・・・アラタナスガタトナルトシヨウカ・・・・ムダダ・・・ムダダ・・・ワレニケイヤクアルカギリワレハホロビヌ・・・ワレヲホロボシタケレバ・・・センネンゴノシンクノマンゲツヲモッテクルガイイ!!!」

『タタリ』の勝ち誇った声の後ろからその声が響いた。

「そうなの?じゃあその願い聞き届けてあげる・・・嬉しいでしょう?『虚言の王』」

それと同時に頭上に真紅の満月が姿を現す。

「ふう・・・遅いぞアルクェイド」

安堵したかのように振り返りながら言う志貴の声に

「ごめ〜ん志貴、雑魚に予想以上に手間取っちゃって〜」

「その代わり終わったら私とアルクちゃんでお詫びにご奉仕するから志貴君」

能天気な声が返ってきた。

アルクェイドは非常階段近くで両手を天にかざした体勢のまま、アルトルージュはいつの間にやら志貴の傍らでよりそっていた。

何ふざけた事をのたまっているんですか二人とも!!それに志貴への奉仕でしたら私だって負けていません!!

少し遅れてエレベーターから現れた『智の夫人』までもが少しずれた事を叫んでいる。

「いや・・・シオン、お前まで」

「シオンさん、その話は当事者でゆっくり行ってください」

思わず揃って突っ込む志貴と士郎。

その間にもただの現象だった『タタリ』はその形を人のそれに変えつつあった。

「キ、キキキキキキ・・・キき・・が、がああああああ・・・そ、そんな馬鹿な・・・・」

やがて現象は中世の貴族が良く着る服装を纏った長身の端正な顔立ちをした青年へと変貌した。

いや、元に戻ったと言うべきだろう。

「お久しぶりねズェピア」

そんな『タタリ』・・・いや、ズェピアにアルトルージュが静かな声で話しかける。

その表情は志貴と接している時とは打って変わった威厳と貫禄に満ち溢れまさしく『黒の姫君』・『血と契約の支配者』と呼ばれるに相応しい死徒の姫君がそこにいた。

「く、黒の姫君・・・なぜ・・・貴女がここに・・・」

「あら?知らなかったの?今の私はアルトルージュ=ナナヤ=ブリュンスタッド。ここにいる人の奥さんなの。最愛の夫の傍に妻がいるなんて当然じゃない」

「な!!」

「私契約の時に言ったわよね?あなたが『タタリ』としていられるのは次の真紅の満月の時までだって。契約の終わりよ」

「だ、だが・・・それはまだ千年先の・・・」

「だからそれを今この地に発現させているんじゃないの。アルクちゃんの力を使って」

「!!!」

「さて・・・アルトルージュ、シオン・・・士郎の手当てを」

「志貴お前は?」

「あいつを今度こそ殺す。七夜が標的をしとめ損ねたなんてあまり褒められた話しじゃないからな」

「そっか・・・判った。気をつけろよ」

「ああ」

その言葉と同時にシオンがてきぱきした動作で傷口にガーゼを当ててアルトルージュと共に包帯を巻いて応急処置を施す。

見た様子だとアルクェイドはあの体勢を維持していないと真紅の満月を維持する事は出来ないようだ。

それを確認すると『神剣・朱雀』から再度『七つ夜』に持ち直した志貴がズェピアに対峙する。

「これで条件は五分・・・やっと対等に渡り合えるな」

そう言ってニヤリと笑う。

いや、笑う前にズェピアは志貴に躍り掛かった。

「キャスト!!」

その言葉に導かれるように朧げな姿のアルクェイドが姿を現し爪の一撃で見舞う。

それをバク転でかわし、それで勢いをつける様にズェピア目掛けて突進する。

―閃鞘・伏竜―

低空から一撃を繰り出す。

それをズェピアは硬質化させたマントで受け止める。

線の入っていない所に当たったらしくマントが切れる気配は無い。

志貴は大きく舌打ちをした。

点の場所も既に把握しているが、ズェピアも学習しているようだ、巧みに防御し線や点を突かれるのも防いでいる。

「くそったれ!」

―閃鞘・八点衝―

次々と乱れ飛ばす斬撃の雨霰を防ぎきる。

それ所か

「ふははははははは!!!」

声高らかに哄笑を上げて八点衝を強引に突破し志貴の懐に入る。

「!!」

「カット!!」

ズェピアの爪の一撃が志貴を捕え、宙高く舞う。

それを追撃する様にズェピアはその姿を消し切り刻む。

「リテイク」

爪の乱舞が志貴を蹂躙し更に姿を現したズェピアはマントを硬質化し己自身が回る。

「開幕直後より鮮血乱舞、烏合迎合の果て名優の奮戦は荼毘に付す!回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ!!!」

気がふれた様な狂声と共に地面に激突しかけた志貴を巻き込み再度宙に浮かせる。

そして自身が着地するや

「カット!」

片腕を振り上げ、黒い竜巻が志貴を巻き込み宙に三度高く舞い上げる。

「カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカット!!!」

竜巻の中でうごめく幻影が志貴に猛攻を加え、終焉だとばかりに複数の幻影と竜巻自体が不気味な顔となり志貴を吹き上げ叩き付けた。

普通の人間なら即死となるほどのそれを受けて

「っく!!」

志貴はやや体勢を崩しながらも地面に着地しバックステップで距離を置く。

息も荒いがそれでも生きている。

「な!!」

「ふぅ・・・お前その姿の方が強いじゃないか。無理にタタリになる必要なかったんじゃないのか?」

その手に握られているのは『聖盾・玄武』、これが志貴の命を守った防壁だった。

だが、秘技『霧壁』までは出すことは出来なかったらしく志貴も無傷ではない。

服はぼろぼろとなり、その全身は傷だらけ。

おまけに右の脇腹を深く抉られ、夥しい量の出血をしている。

致命傷で無いというのが唯一の救いだろう。

「ははははは!その傷ではもう勝ち目はあるまい」

生きていた事に驚愕を表していたズェピアだったが、志貴の惨状を目の当たりにし勝ち誇った声が響く。

だがそう思うのも仕方ない。

今の所自分は『真なる死神』の攻撃を悉く凌ぎきり更には、彼にここまでの重傷を負わせた。

だがそれも限界、もはや次の自分の猛攻を凌ぐ事は出来ない。

そう確信していた。

「・・・・・・」

その哄笑に対して志貴は何も応じない。

諦めなのか?

それとも、恐怖から口が聞けないのか?

ようやく口を開いたがそれはあまりにも志貴の現状からは場違いな言葉だった。

「・・・やれやれどうやら慢心したようだな?しかし・・・こんなに負傷したのも暫くぶりだな・・・こいつは愉しめそうだ

傷の痛みもむしろ悦びを持って迎えた。

この様な事は近年まれだった事だ。

特に『裏七夜』頭目を勤めてからは無傷が当たり前、かすり傷すら珍しい日々だった。

ここまでの負傷を志貴に負わせた死徒は十一年前に志貴が葬り去った、前第七位『思考林』アインナッシュぐらいしか、存在していなかったのだから・・・

どうも知らず知らずの内に己の実力に慢心していたらしい。

(初めてじゃないか?遊びで無く狩りで出てくるのは・・・獲物は一匹か・・・だが、目の前にいるこいつなら、十分に発散させてくれそうだ・・・)

その事実に志貴らしからぬ暗い笑みを浮かべ『聖盾・玄武』を解除し『七つ夜』を構え直す。

そして・・・その志貴の様子を見た士郎は盟友の状態や負傷に対する心配を完全に消した。

そして愚痴り気味にポツリと呟いた。

「あ〜あ、志貴の奴、完全に死神モードに入ったな」

もはやこの戦い先は見えていた。

あのモードに入ったが最後、その先に待っている結末など一つしかないのを、ただ一人知り尽くしているから・・・

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